Lyricon 徹底解剖

Lyricon I


 リリコン(他と区別するためにリリコン Iと記述する)を開発する過程において、はじめにビル・バナーディが考えたことは、「オーケストラの中で演奏してもホール中に充分聞こえる電気フルート」のようなアイデアであったそうです。木管楽器の演奏方法と、音色の構成を電気的に再現しようとするところから始まっています。後になって現れた、一般的なアナログ・シンセサイザーの構成となったVCO、VCF、VCA....との類似点は未だ無く、倍音構成を変化させて音作りをする点ではむしろ、オルガンのドロウバーに似ていると言えます。この点では初代のリリコンは後述するリリコンII、ドライヴァとは成り立ちが全く異なっています。

 リリコンは管体(インストゥルメント・ボディ)と箱型の本体(コンソール)から構成されています。管体には息の強さと唇の圧力をダイアフラムとカンチレバーに取り付けられた遮光ユニットの動きと光センサーで検出し本体に電気信号として伝えるトランスデューサーと、ベーム式のキーの押し下げの組み合わせを抵抗値の変化として本体に伝えるキーボード部分が組み込まれています。信号を受けたコンソール側では、発振器からつくられる倍音の成分や持続時間をコントロールし、ボディから送られた息や唇の圧力の変化による信号によって加工を行って、外部のアンプに音声信号を送ります。


リリコン I はハンドメードで作られました。ハードケースはビニールレザー張り木製で、その外にLyriconロゴのプレスの入った2トーン・カラーのケースカバーまで奢られています。
ケースは結構重いです。(価格に見合った重さというか...。)


リリコンIの管体(写真上)は、クロームメッキで、トランスデューサー部分にリリコンロゴの彫刻があしらわれています。テールピースが長いため、管体だけでも容易に他のモデル(写真下)と識別できます。インストゥルメント・ボディとコンソールのコネクターは以降のモデルとはピン配置が異なり、完全互換性はありません。

Input Board 黒い丸い物体は、光センサーの光漏れを防ぐカバー
Filter Board こちらにももう一組の光センサー
ボンドで接着してある遮光キャップを外すと、ランプを取り囲むフォトCdSのストーンヘンジ
Poly Board  Lyricon I の基板は3枚。別に電源ユニット。



リリコンII

リリコン II およびドライヴァでは、リリコン I と比べてコストダウンがはかられ、全体的に質感が低下しています。ケースはビニールレザー張り木製からペラペラのプラスチック・ケースになり、内装も管楽器ケースのような豪華なものからフェルト張りになってしまいました。一方軽量化して持ち運びには便利になりました。管体のフィニッシュも鏡面のクローム・メッキから、ブラスティングのかかったサテン・フィニッシュになりました。彫刻は省略され、テールピースが約3cm短くなりました。

リリコンIIおよびドライヴァに使われているインストゥルメント・ボディ


キートップには真珠母貝の入ったもの(手前)と、クロームメッキ仕上げのものとがあります。リリコンIIとドライヴァでは管の仕上げはサテンですが、ブラストのきめの細かさによるテカりは個体によってバラツキがあり、銀色の金属光沢に見えるものから、白のつや消しのように見えるものまでいろいろです。


2つのオクターブ・キー(上左)。それ以上のジャンプはパネル操作で行うことになります。ドライヴァでは、オクターブ切替にペダルスイッチを使うことが出来ます。キー下は押下げのマイクロスイッチではなくハダカの銀接点(上右)。



 リリコンIIには市販モデルとして大きく分けてCシリーズと、1980年5月以降にVCO部分を改良(安定化)して出荷したDシリーズというバージョンが存在する。ボードの細かい仕様変更は沢山ある。パネルのデザインにも異なったバージョンがある。



マウスピース内部、リード(リップ)センサーの構造。カンティレバーの根元に光学センサーがつけられています。ブレス(ウインド)センサーはこの後ろにあり、やはりダイアフラムと光学センサーによって息の圧力を検出する仕組みとなっています。センサー部分には水分が侵入しないようにシリコンゴムを山盛りにしてあるのですが、ダイアフラムのゴム?膜が経年変化で硬化して感度が変わったり、、ひび割れしてそこからの浸水でトランスデューサーがいかれてしまうケースが多いそうです。


マウスピースはブリルハート製(ブリルハートもセルマーに買収されています)。テナー・サックスのマウスピース"Ebolin"の9☆で、シャンク部分を細く削ってあり、高密度ポリエチレンのスリーブが取り付けられるという加工が施されています。上の写真では、左に写っているのがリリコン用、中央が通常のブリルハート・エボリンのテナー用、右がブリルハート・トナリンのテナー用です。リリコンIの初期の写真では、白いマウスピースのものがありますが、これはトナリンを加工したものでしょうか。加工されているのは外側だけなので、当然のことですがテナー・サックスに装着するとちゃんと演奏できます(とても良いマウスピースです!Ebolinのティップ・オープニングの広いのはなかなか無いので、ジャンクのリリコンをお持ちの方は是非テナーでお試しあれ。)。出荷時にはセルマー・バンディのファイバーケーンという樹脂製リード(SoftまたはMedium)が添付されていました(写真下)。演奏の際には振動しないのだから何を着けても音には関係ないのですが、合成樹脂製のものが波打たず永持ちするので良いと思います。(話は逸れますがトム・スコットはサックスでは永らく、アジャストトーンのマウスピースにこのファイバーケーンのリードを合わせて使っていたそうです。現在はGuardalaにPlasticoverのリードです。)テナーのリード(写真上La Voz)では、若干管体接続部分と干渉するので、シャンク寄りの部分を少し切断する必要があります。


パネル上VCO1のクローズアップ。波形は矩形と鋸歯。モジュレーションのかかりをリードへの圧力か、内蔵LFOから選択できます。因みにモジュレーションを1目盛りマイナスにふると、半音位のベンドダウンが効きます。下の写真はLFOとVCO2。通常のキーボードアナログシンセと較べると、ベンディング/モジュレーションのホイールとかVCAやADSRなどが無いのでとてもシンプルですね。



2つのVCOのミキサー、VCFと出力部分。10ピンの外部シンセとの接続コネクターがありますが、接続用ケーブルは付属品のブランクプラグを使って自作する必要があります。コンソールとボディの接続は、アンフェノール社のネジつき7ピンDINコネクター。


IIとドライヴァは安っぽい樹脂成形ケースですが、IIは一応背面にアルミ製のプレートが付いています。


Lyricon IIパネル裏面の基板の全体像。Gervais Electronicsによる設計。ギターのエフェクターのような基板。あまりのシンプルさに、発売当時の値段を考えると気が遠くなる。


当時のアナログシンセサイザーでは良く見られるように、ボードは操作系とロジックの2階建てになっており、Molex社製のPCコネクターが上下をつないでいます。

Cシリーズのボトム・ボード1。3080、3086など古いシンセではお馴染みのアナログICがならんでいます。特別な部品はありません。2個の3086の上にはスポンジが張ってありました。(経年変化でボロボロになっていたので取リ除いてしまったのですが、別の個体では、シリコンゴムを盛りつけて3086を埋没させてありましたた。これは物理的な保護の目的というより、知的財産保護の目的(すぐにコピーされないよう)だったのではないでしょうか?あまり意味はなさそうですが...。

ドライヴァ




出力系は外部シンセとのインターフェースのいろいろなニーズに対応するために複雑極まりないことになっています。ピッチ1は管体からの生のキー・ボルテージ、ピッチ2はオクターブ・スイッチ、スケール、チューニングコントロールのスライダー設定値を加算したもの。同様にウインド2は生のウインド1の信号に、スレッシホールド、ウインドコントロールでの設定値を加算したもの、Gate1はwind2の信号が一定値を超えている間常に+10V出力、Gate2はWind Controlのwindgate2トリマで設定した時間またはwind2信号が一定値を下回るタイミングどちらか短い時間+10V出力。モジュラー式のシンセでは、ドライヴァのどの出力をどの部分に放り込むか、多くの選択肢があります。
9つのアウトプットはシンセサイザーとパッチングしたままにしておくことを想定してスイッチとパイロットランプが設けられています。親切設計なのですが、品質のせいかよく接触不良・点灯不良が起こります。ドライヴァの弱点のひとつ。

ドライヴァは音を出さないので当然ラインOutはありません。フットスイッチのジャックはオクターブ切替の為の物。オクターブ・キーとの組み合わせで6オクターブをカバーします。


ドライヴァの内部構造。パネル裏は基板一枚のみ。「金返せー」といいたくなるほど何も無ーい。



ボードは、電源ボードとメインボードの2枚のみ。リリコンIIとは違って、コンソール表面のスライダー類は、メインボードに直付けとなっています。上の写真のメインボードに載っている部品はUA747CNが9個、SIGMAのリードリレー2個といくつかのトランジスタくらいのものです。


リリコンは、調整必要な個所が多く、機構的にもいくつかの弱点を抱えています。また、電解コンデンサーなどの電子部品は常温でも20年位経つとすっかり性能が劣化してしまうものが多いそうです。そのため、製造からすでに25年〜30年経過した現在となっては、完全な動作をするものが少なくなっています。90年代のなかばまでは、コンピュトーン社で技術者チーフであったジョージ・ジョンストンが改良型のステンレス製トランスデューサ($500)を開発して、本業の傍ら細々と修理を請け負ってくれていたのですが、本業が忙しくなってそれももうやめてしまって久しくなります。ビル・バーナーディも本業があるため、修理はしていません。USのWindworks DesignとスイスのAlpha Electroniqueが修理をオファーしていますが、請求書が心配ですね。

あとは、自分で修理しながら維持してゆく以外には方法はなさそうです。

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